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月刊「教育旅行」掲載記事ブログ

視察レポート

福岡県の「ワンヘルス」とSDGsをキーワードとした教育旅行プログラム(2023年11月号掲載)

2024-02-02
文・写真=(公財)日本修学旅行協会 理事長 竹内 秀一、参与 牧野 晃
月刊「教育旅行」2023年11月号掲載
※本記事中の情報は執筆当時のもので、その後変更されている場合があります。
最新情報は問い合せ先にご照会ください。


陸の博多駅か空の福岡空港。北部九州への修学旅行では、どちらかを利用する学校が多い。この二つを擁する福岡県には、受験を間近にした中学生・高校生に人気の太宰府天満宮や川下りで有名な柳川の他にも、「探究的な学習」を実施するに相応しい多様な「学び」の場がある。今回、福岡県ならびに(公社)福岡県観光連盟が主催する、SDGs学習に重点を置いた教育旅行プログラムのモニターツアーに参加させていただいた。
「ワンヘルス」を体感するプログラム
「ワンヘルス」とは
◆「ワンヘルス」という考え方

「探究的な学習」の主要なテーマとして多くの学校が取り組んでいるSDGs学習だが、福岡県は、SDGsの土台となる考え方を「ワンヘルス」ととらえ、その基本理念や方針を全国に先駆けて条例化し、これに基づく多様な取り組みを進めている。

この取り組みを普及している(一社)ワン・ヘルス・クリエイツ理事長の芝田良倫さんによる講演を聴いた。

大阪市内で生まれ育った芝田さんは、福岡の海の美しさに驚いたことをきっかけに福岡に移住してきた。大病克服のため、環境のよい田舎に転居して水の大切さや森林浴の素晴らしさを体感。殺処分寸前の猫や犬を保護し育てる中で、「人と動物とそれらを取り巻く環境」が一体として健康であることが地球を守ることになる=One Healthという考え方に行きつき、「ワン・ヘルス・クリエイツ」を設立した。

ワンヘルスの柱(基本方針)は、(1) 人と動物の共通感染症対策、(2) 薬剤耐性菌対策(人も動植物も薬を正しく使用する)、(3) 環境保護、(4) 人と動物の共生社会づくり、(5) 健康づくり、(6) 環境と人と動物のより良い関係づくり、の6つ。この考え方を普及させるべく、広報活動やその一つとしての教育活動に、福岡県と連携して取り組んでいるとのこと。

たしかに、SDGs学習は積極的に行われてはいるが、そこに掲げられた目標の実現をめざす取り組みをいきなりはじめることは、生徒たちにとっていささかハードルが高い。ワンヘルスの6つの柱はどれも身近で実行しやすく、SDGsの実現に向かう前段階として効果の大きい活動だと思われる。この考え方を活かした教育旅行向けの多様なプログラムが、早期につくられることを期待したい。
ワンヘルスの森
◆ワンヘルスの森(四王寺県民の森)

西鉄太宰府駅から車で10数分。四王寺(しおうじ)山は、西暦663年の白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した倭国が、国土防衛のために朝鮮式山城・大野城を築いたところだ。現在は、その山の一部がワンヘルスを体感できる「ワンヘルスの森(四王寺県民の森)」として整備され、全長2.5kmのウォーキングコースが設けられてい
る。

ワン・ヘルス・クリエイツ理事の大久保誠子さんからレクチャーを受けた後、実際にコースの一部を歩いた。

レクチャーでは、「ワンヘルスの森」の森林浴効果や豊かな生物多様性、そして過去の人々の知恵から自然との共生が学べることなど、この森が教えてくれることについてのお話がとくに印象深かった。

ウォーキングコースは、1時間半から2時間で歩くことができる。森は、在来・外来の樹木が混在し、絶滅危惧種の動植物も存在する豊かな多様性を持っていて、途中には、水と陸の生態系が緩やかにつながっているエコトーン(湿地)などもある。また、森林セラピーや森林浴の世界的な第一人者とされる李卿(リケイ)博士お気に入りの明るい陽が入る杉林もあり、実際に歩いてみるとだんだん清々しい気分になってくる。これが森林浴の効果なのだそうだ。古代山城の土塁などが残る場所もある。

短時間の散策だったが、人や動物の健康は森林など自然環境の健全性と一体のもの、というワンヘルスの考え方が実感できた貴重な体験だった。
多様な施設でSDGsへの取り組みを学ぶ
整備された芝生とロッジ
◆グローバルアリーナ

北九州市と福岡市の間に位置する宗像(むなかた)市の山あいの地に、多目的スポーツ総合施設「グローバルアリーナ」がある。国際試合にも対応できるスタジアム、サッカー、ラグビーなどができる人工芝フィールドや陸上競技場、テニスコート、体育館、武道場などを備え、国際大会をはじめ、学校や様々な団体の合宿・研修に利用されている。

施設に足を踏み入れてみると、まずその広大さ、自然の豊かさに驚く。綺麗に整備された芝生、樹木に囲まれて整然と立ち並ぶロッジなど、落ち着いた雰囲気に魅了される。宿泊施設として、ツインルーム18室のロッジが1棟、20名定員6室のロッジが7棟ある。レストランや大浴場などの施設も充実していて、教育旅行の受入れ体制も万全だ。

スポーツでの利用もさることながら、おすすめはイングリッシュキャンプと名付けられた語学研修プログラム。講師は地元の大学の外国人留学生が務め、キャンプ中は、No Japanese。少人数のグループに分かれ、スポーツやゲームで体を動かしながら、講師や仲間とコミュニケーションを楽しむ。留学生との史跡巡りやSDGsと英語との組み合わせなど、テーマに応じたプログラムを提供してくれるので、宿泊と語学研修をセットで体験することをおすすめしたい。
フライパンdeピザ作り
◆ぶどうの樹 ほっこり農園

福岡一の繁華街・天神からバスでおよそ1時間。遠賀(おんが)郡岡垣町の海にほど近い場所にある「ぶどうの樹」は、レストランや旅館、チャペルなどを備えた複合施設だ。その一角に食育体験ファーム「ほっこり農園」がある。ここでは、ソーセージやパンなどの手づくり体験や田植え、畑づくりといった農業体験ができる。

今回は、「フライパン de ピザ作り」を体験した。ピザはピザ窯やオーブンで焼かないと、と思っていたが、フライパンでも手軽にできる。発酵が終わった生地をめん棒で広げたら、クッキングシートを敷いたフライパンで片面を焼く。焼けた面に、トマトソースやトッピングをのせ、フタをしてもう一方の片面を焼いてでき上がり。かかった時間は1時間弱、とても美味しい昼食になった。この調理法は、「いざという時の防災の備え」にもなるという。

使った食材は、福岡県産の小麦粉。この農園でつくられたソーセージやベーコンに野菜は、どれも市場には出せない規格外のもの。地元の食材で、フードロスを出さないように調理する。「自然の恵み、命をいただく」という食育に関するお話も事前と事後にしていただいた。調理している間にも、手伝っていただいたスタッフの方から、葡萄づくりの苦労などいろいろなお話を聴くことができた。

自分たちでつくったものを昼食としていただく。美味しく、楽しい食育の体験プログラムとしておすすめする。
TOTOミュージアム 歴代のウォシュレット
◆TOTOミュージアム

アメリカのロックバンドの名前になるほど世界的に知られた住宅総合機器メーカーTOTO。小倉にある「TOTOミュージアム」は、トイレをはじめとする水まわりの歴史や進化を学べる施設として人気の博物館だ。館内には、創業当時生産していた陶磁器をはじめ、数多くの衛生陶器がテーマごとに並んでいる。昔のトイレ空間を再現したコーナーや、力士と子どものトイレの大きさを座って確かめるコーナーなど、楽しく見学できる工夫に人気の秘密がありそうだ。

水まわりの歴史をたどるコーナーでは、トイレ、浴室、台所が時代ごとにパネルに描かれているので、変遷をたどっていこう。江戸時代は都市の排泄物を農村で肥料として使う「循環型社会」だったこと、くみ取りから水洗への移行で、誰もが衛生的な生活を手に入れたことなど、水まわりの歴史にSDGsを垣間見ることができるはずだ。

歴代のウォシュレットが並ぶコーナーでは、節水型トイレの開発が水資源の保全だけでなく、二酸化炭素の排出減に貢献していることも学ぶことができる。電力供給が不安定な国向けの電気を使わない洗浄便座、文化の違いに応じたトイレ、ユニバーサルデザインのトイレなどの展示もSDGsの教材として価値が高い。

教育旅行向けには、「SDGs学習プログラム」が用意されていて、より深く学ぶことも可能だ。
大刀洗平和記念館での朗読
◆筑前町立大刀洗平和記念館

大刀洗(たちあらい)平和記念館は、東洋一と言われた旧陸軍大刀洗飛行場の跡地に建ち、戦争関係の資料の展示やイベントを通して平和へのメッセージを発信している。

館内に入ると、プロペラと主翼を機体の後部に取り付けた戦闘機「震電(しんでん)」の実物大模型が頭上に迫る。奥に進むと、零式艦上戦闘機(零戦)三二型や陸軍九七式戦闘機が姿を現す。両機とも実戦で使われた貴重な戦争遺産だ。

戦争末期、大刀洗飛行場は特攻の中継基地となり、多くの若者が出撃した。特攻隊員が残した手記や遺書、遺影、遺品が多数展示してあり、愛する家族や故郷を守るために命をささげた彼らの思いが重く胸に突き刺さる。

昭和二〇(1945)年3月、大刀洗飛行場一帯は、米軍による大空襲で多くの犠牲者が出た。空襲を避けて森に逃げ込んだ児童31名も命を奪われ、このことが「頓田(とんた)の森の悲劇」として語り継がれている。この悲劇を当時の写真とアニメーションで再現した映画があるので是非見ておきたい。ピアノの伴奏とともに語られる朗読は、戦争体験者の話を聴くことが難しくなった今、それに代わるプログラムとして聞き逃すことができない。特攻隊員にまつわる物語を静かに語る姿からは、平和への強い思いが伝わってくる。

記念館周辺には飛行学校の正門や航空機の格納庫などの戦跡が点在していて、当時に思いをはせながら巡ってみるのも興味深い。
太宰府天満宮「仮殿」
◆太宰府天満宮

多くの修学旅行生が合格祈願に訪れる太宰府天満宮だが、重要文化財の「御本殿」は、今年5月から始まった124年ぶりの大改修の真っ最中。現在、御本殿の前に設けられた、3年限定の「仮殿」で参拝ができる。大阪・関西万博の会場デザインプロデューサーも務める建築家・藤本壮介氏がデザイン・設計したものだ。

仮殿でとくに目を引くのは、屋根の上にたくさんの樹木が植えられていること。まるで森のようで、周囲の「天神の杜」と見事に調和している。改修工事が終わった後、これらの樹木は境内に植え替えられるという。また、仮殿の御帳(おちょう)や几帳(きちょう)にも現代風のデザインが用いられていて、天満宮の伝統と現代との融合が図られている。歴史的文化財が現在まで保持されてきたのは、伝統を守りつつも、それに革新が重ねられてきたからだという、権禰宜(ごんねぎ)の言葉に納得がいった。

太宰府天満宮には何度も訪れているが、境内に11体あるという御神牛や幕末の公家・三条実美(さねとみ)をかくまったという延寿王院(えんじゅおういん)、一枚岩でできた手水舎の鉢など、初めて聴くことが多く、案内付きで見学することの良さが改めてわかった。境内のあちこちに見られる現代アートは、太宰府天満宮が文化の守り手として未来を見据える姿勢を示すもので、生徒たちにもぜひ鑑賞してほしい。
宿泊施設情報
まなびの宿福岡
◆まなびのやど福岡

貸切バスで福岡空港から約20分、JR博多駅からは約30分、大野城市にある「まなびのやど福岡(福岡自治研修センター)」が一般利用を開始し、修学旅行生も宿泊できるようになった。部屋は洋室ツインがメインで111室、ほかに定員170名の大研修室をはじめ多くの研修室や大浴場、196席あるレストランや体育館も備わっている。各施設はとても清潔で、利用しやすい。二食付きでもリーズナブルに宿泊できるので、旅行費用が値上がりするなか、学校にぜひおすすめしたい宿泊施設だ。


コロナ禍のなか、修学旅行の意義が改めて評価され、「学びの旅」としての本来の在り方が重視されるようになった。福岡県は、学校からは北部九州への出入口として捉えられることが多いが、ここで紹介した「ワンヘルス」関連のプログラムをはじめ、「探究的な学習」にも応えられる数多くの「学び」の場が福岡県にはある。その全容を知るには,福岡県発行の『福岡県修学旅行ガイド』をぜひご覧いただきたい。そして、福岡県を修学旅行の訪問地として検討していただくことを強くおすすめする。

【問い合せ先】
福岡県商工部観光局観光振興課
TEL:092―643―3429
(公社)福岡県観光連盟
TEL:092―645―0019
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